対県交渉で「ぼとん」を知る。
10日行財政・民主主義 11日 住宅まちづくり・農業・平和
わあ、タイトル書くだけでおなかがいっぱい!濃密に学んでいます。
対県交渉は県民の声が県側に届くダイナミズムが好きで確か一昨年からほぼ全分野出ています。今年は地方選直前で区内での活動に力を入れるべきかと思いましたが、議席が無い以上、声を少しでも届け、また問題に取り組むみなさんの生の実態を知ることが大切だと思い、今年も全分野がんばります。
この交渉の主催者は県民団体の集合体なので、私は政党の立場ではなく、新日本婦人の会の会員として参加しています。回を重ねるごとに、皆さんの実態を学ぶというよりも、自分が知った実態や要求を届けたいという思いが強くなり、発言回数が増えています。
今回は一項目ずつ語りたいのはやまやまですが、今日も電車の終点でOLさんに「着きましたよ」と起こされる始末だったので手短に。
(ちなみに、終点で眠りこけてる人を放置して降りようとする人の多さに私は東京砂漠を見ましたね。(横浜だけど。)私がそういう人を起こすことも多々あります。今日は起こしてもらってよかった。ありがとう、笑顔のすてきなおねえさん♡)
【行財政】
今回の予算でまたも550億の財源不足をうたっているが、その細目も出されていない。説明を。というやりとりがありました。また、地方消費税増額分は福祉に回せているのかと半分は市町村に回すが半分は県の施策に生かせると。174億?
また、ビッグデータ活用の試験的に県職員の健康データを企業に情報提供したという11日の日経報道は事実に反していると。しかし将来的には企業間で情報を共有し、個人情報というより公に利する情報として活用する。情報セキュリティに留意しつつ。
これには参加者から個人情報保護の観点で危惧の声がでました。
私は公が発注する仕事の最低単価などを決める公契約条例が、他県や県内でも先行事例が成功して経済波及効果も高いるのに、遅々として進まないのはなぜかと理由を問いました。データを蓄積中とか他の業種との不公平感がどうのこうのとおっしゃっていました。が、担当課は建設業者など県民の声をうけ、協議会ももって話を進めてきたのに、自民党が委員会の場で強圧的に「時期尚早だ」と言っているのを知っています。
他にもいっぱい…
【住宅 まちづくり】
県営住宅の問題、30年もたってやっと改修する事態。新設する意向がまったくない県に対し、例えば生保受給者にとってもすまいの安定こそが生活再建の近道。緊急財政対策でも削減対象となっていた。全盲の方で、市営住宅では不安だから県営に移ってきたという方がいた。県にはそういう信頼が寄せられている。すまいの安定確保は県として予算をとってやっていただきたい。と発言。
川崎区のごとう真左美さんも同席していて、区内の県営住宅のリアルな実態を発言。言葉は悪いが掘立小屋みたいなところに住んでいる人も。お風呂が使えなくなっていて、遠くまでタクシーを使っていく、往復はお金がだせないので歩くが30分も歩くと夏は汗だく冬は冷えてしまう。倍率も60倍。県営住宅の補修整備が急がれる。と。
また、借り上げ住宅の話は藤沢で運動しているTさんから何度もレクチャーを受けていたので、しっかり訴えることができました。20年という年限を知らずに借りている人も多い。民間のマンションの中に点在していて、横のつながりが持てないまま、全国的に平成28年には満期を迎えるところが一斉にでてくる。あと二年ででていけとか家賃をあげるとか急に言われることになる。宝塚では老後の安心を得るため、出て行かないような措置が講じられた。藤沢は横浜の動向をみるという、横浜は県の姿勢にならうかもしれない。県として70にも80にもなって先の家の安心がない不安な状況に心を寄せ、高齢者が不安にならないよう対応してもらいたい。
これに関しては激変緩和措置をとるという回答があったものの、心配が残ります。
【農業】
私が口を出せない分野。大規模化と企業参入促進のための規制緩和を重点とする農地改革を見直せという要望が出されているけれども。回答は新たな担い手を待ってもでてこない。企業等の参入を促進していきたいと。
また、この分野では県営の大野山牧場が県の緊急財政対策で削減されることが決まっており、県内酪農家が牛を預託する場所がなくなってしまう切実さから私もとても苦しく思う課題の一つ。山北町は受け取れないという。
牧場じゃなくなったらシカやイノシシの運動場になってしまうぞと県民側。昨年は酪農家の方が参加していて「大野山はほんとうに閉ざされるのですか…」と辛そうに聞いていらしたのが耳に残っています。県内に二つ日本共産党がいない議会が県議会と山北町議会。この両方に議席があれば県内の酪農家を守れるかもしれないのにと、思ってしまいます。
「ぼとん」という言葉を初めて聞きました。豚流行性下痢に関してワクチンが有効かどうかという話の中で、ワクチン接種したぼとんのお乳をのむ子豚には効くのだそうです。投薬間隔が難しいけれど。母豚。かわいい(*’▽’)県の職員さんと農民のみなさんが母豚という言葉を共有している感じがなんというか血の通った県政に見えて。
農業分野の交渉は特に県職員のみなさんが県民の要望にそいきれないことを申し訳なさそうにしている風に見えます。
一度潰したら再開が難しい産業だけに、安倍政権が顧みない産業だけに、神奈川県は本当に第一次産業を守り育てる視点がほしいと思います。
【平和】
これはいつもいちばん辛い交渉です。米軍という不条理な存在に県民も担当課も翻弄されるからです。道理が通らないやりとりに、双方ともに消耗
して終える…。後味が悪い交渉です。詳細は後日。
コメント
タイトルが何を意味しているのか?疑問に思いつつ見させてもらいました。「母豚」だったと知って、理解。
獣医の端くれとして、読ませてもらいました。
神奈川は横浜と川崎だけではないだぞ、と言いたいですね。それどころか、横浜の軟弱野菜、川崎の果樹などは大事であり、農地があることでの涼風を持たしたり、雨水の貯水効果も大事であることを知るべきです。
神奈川県の畜産試験場(厚木にあった)はどうなったでしょうね。大学2年(昭和36年)の時、夏休みを利用して実習に2週間滞在しました。当時は豚のランドレースという品種が日本に入ってきたころで、試験場ではその特性などを観察していました。
当時は場長や課長が先輩でした。
都市への新鮮な農作物を供給するためにも、神奈川の農業をしっかり位置づけることが大事でしょう。
中村様
まあ!よもやそのようなステキな過去をお持ちとは!
なんか一幅の絵をみるようなコメント。ありがとうございます。
そうなんです。神奈川の魅力の大きなところはそこですよね。
畜産試験場の沿革を見てみました。
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神奈川県農業技術センター畜産技術所の変遷を表1に示した。
当所は明治40年農事試験場畜産科(後に部)の創設に由来し、種畜の払下げ、種付、飼育給餌法の試験を行っていた。
一方、大正8年道庁府県種畜場設置規定により、種畜場の設置が議決され、翌9年から事務を開始し、横浜市保土ケ谷町に施設を整備するとともに、種畜、種きん、種卵の配付並びに畜産の奨励と技術の指導にあたった。このため、大正10年に農事試験場畜産部を種畜場へ移管し一本化した。昭和18年には移転拡張のため、現在地の高座郡有馬村本郷3910番地(海老名市)に移転した。
その後、昭和36年12月県下の畜産の改良発達に必要な試験研究を実施するため、「畜産試験場」と名称を改め、平成7年4月には畜産業の専業化、大規模化が進むとともに、急速な国際化、技術革新、情報化などに対応できる畜産経営を支援するため、「畜産研究所」として組織改革を行った。
平成17年4月には試験研究業務と普及指導業務を一体的に推進するために再編統合を行い、「畜産技術センター」となった。
さらに、平成22年4月には、農業・畜産に係わる研究・普及・教育部門の活動を一体的に推進するため、農業技術センター・畜産技術センター・かながわ農業アカデミーの3機関の再編統合を行い「農業技術センター畜産技術所」となった。
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まさに36年に畜産試験場になったのですね。
中村さんがランドレースたちと交流した二年後、私は蜷川民主府政下の京都で産声をあげることになります(笑)
畜産試験場の歴史をありがとうございました。
懐かしいです。
私が実習をした当時は十分な受け入れ態勢がなかったのでしょう。事前に布団を送って置いての宿泊でした。今じゃあ考えられないことです。
今覚えていることは豚の人工授精(牛ではとうに実用化されていたのですが)ができるかどうかが課題でした。精液を採取させてもらいましたが、とてもうまくいかなかったことを覚えています。
神奈川は高座豚が有名でもありますが、今はどうなのでしょうね?
中村様
ほお、牛が先行でしたか。
高座豚、たまにスーパーでみかけますよ。少し高いお値段で。
今日も豚の話になったことを思い出しました。駅頭で…、あ、これはブログに書きましょう。