私は定年退職後に大学院に入学したが、昭和の時代に法学部政治学科を卒業しており、政治過程論というゼミを受講した。日本の参議院選挙制度が改正され、従来の「全国区」が当時の「拘束式比例代表制」導入に改正された時代であった。鬼籍になられてしまった当時の指導教授の言葉を、今回大山県議に対して日本共産党が事実上の刺客を擁立したことに対して思い出した。私の学生当時の1080年代に先生の述べられた言葉、「日本は無責任な政治体質がいまだ続いている」という言葉である。日本は1940年に日独伊三国軍事同盟を締結した。当時の日本は石油の大半を英米圏に依存していたにもかかわらず、三国同盟を締結すれば日本の資源確保が非常に厳しくなるも関わらず、「時代の流れ、そういう流れ」とやらで締結され、敗戦へと進んだ。1980年代に制度が改正された参議院選挙においても、当時賛成したのは自民党であり社会党は反対したが事実上賛成に廻り、この改正において反対した共産党と公明党が共闘するという珍しい出来事であった。この時、当時のゼミの指導教授は当時の日本社会党の大幹部の一人に次のように尋ねたそうだ。「あなたは社会党の大幹部の一人だ。本当に反対ならなぜ体を張ってでも反対しなかったのか」と聞いたところ、当時の社会党の幹部であった方は、「結局そういうことになってしまったのだよ。時代の流れだよ」という回答だったそうだ。資源の確保の見通しがないまま「そういう流れで」三国同盟が締結され、「そういう流れ」で公職選挙法が改正された。では今回大山県議に刺客をぶつけた共産党はどうか。票が割れて最悪共倒れにならないのか。必ず選挙にて勝てる見込みがあっての刺客候補者の擁立なのか。おそらくそうではないと思う。共産党は、確実に大山県議に勝利し、共倒れの心配もないという確証もなしに、結局「流れ」とやらで無責任に刺客候補を立てただけではないのか。今回の共産党の行為は、結局のところ新自由主義の暴走に対するチェックや歯止めを阻害し、地域住民や中小零細企業につけを回すことにならないのか。たとえ小さな行為であっても積み重なれば、政治不信は増大するのである。三国軍事同盟以降の無責任な日本政治が、今回の大山県議に対する刺客候補擁立をみて、いまだ続いていると思われてならない。共産党は違うと思いたかっただけに残念である。
大学院生 主専攻 政治学 社会保障法さん
本当に私が想定する以上に困った事態だと感じました… 困ったことにならないように私のできることで頑張るしかないです
そこの観点がないのだと本当に残念でした。共産党としての地歩を築きたいという思いはわかりますが、そこは港北でなくてもいいはずなんです、はい、おっしゃる通り、共倒れしたら本当に市民に失礼な話になりますので倒れないよう頑張ります!
大山県議の事実上の刺客ともいうべき県議候補者が港北選挙区内で活動を開始されて、同党の田村委員長や小池書記長も、選挙は来年であるが現時点で選挙区入りし、刺客候補者の応援演説も行っている。一地方議員選挙区で党幹部の熱の入れようは大変なものである。ここで日本共産党の委員長や書記長といった特に党内で重要な地位にある方々は、何のために共産党議員は当選を目指すのかを今一度考えていただきたい。地方議員の立場は、確かに国会議員に比べれば「たかが地方議員」かもしれない。だがしかし、「されど地方議員」なのである。国会議員の方々がなかなか目の届かない、地域住民や中小零細企業のために、彼らに寄り添いきめ細かい対応をするという、国会議員のできないことを行うという重責が地方議員にはあるのだ。今、新自由主義的発想の中で、地域住民や中小零細企業が、どれだけ苦しんでいるか、労働者のための政党であるはずの日本共産党幹部は知っての上で、大山県議に対する刺客擁立なのか。冷戦終結後、「社会主義はだめだった」の名の下で進められた新自由主義は、何をもたらしたのか。特に2008年の金融恐慌、サブプライムローンから生じたリーマンショックなどから格差や貧困問題がさらに深刻化し、多くの地域住民や中小零細企業は厳しい生活・状況に追い込まれて、2024年時点で200万人以上の方が生活保護を受けている状況になっている。高度な数学力が必要とされる、えらい先生方の「金融工学」とやらによる数学的なテクニックなど、リスク回避には大して役立っていないではありませんか。えらい先生方によるリスク分散とやらの理屈も、結局リスクを分散させただけで、有効な手法でとはいえなかったのではないですか。難しい数学よりも地域の住民や中小零細企業に寄り添い、新自由主義とやらの暴走にチェックと歯止めをかけるのが共産党の役割ではないのですか。それにもかかわらず、大山県議の選挙区に刺客を立てて最悪共倒れのやり方を進める日本共産党は、本当に地域住民や中小零細企業の事を考えているのですか。刺客として出馬予定の港北選挙区ではなく、他の選挙区から出馬されて大山県議と共闘されて、地域住民や中小零細企業のために、共産党は力を発揮すべきではないのですか。共産党にお願いしたいが、大山県議を蹴落とすことではなく、地域住民や中小零細企業のためにどういう選挙戦術をとるべきかを、まず第一に考えていただきたい。まだ公示まで時間はあります。メンツなどどうでもいい。地域住民や中小零細企業のために再考されたらどうですか。
大山県議の刺客と思われる候補者が、この選挙区で海外視察に全員が賛成した(大山県議も含まれる)。だから、海外視察には反対の共産党議員が必要であると主張されているようだ。以下の話はどうだろうか。かつての国会での国対政治は問題があった。共産党を除く「自民、社会、公明、民社」の共産党を除く密室での慣れあい国対政治が横行したと考えざるを得ない時代があった。さらに当時の自民党のK副総裁と日本社会党のT委員長のなれ合いというか癒着というか、かなり問題のある政治が行われた時代があった。大山県議の海外視察賛成の件は、このようななれ合い政治による結果ではないし大山議員の変節でもない。国会議員の話ではあるが、かつての共産党所属の寺前国対委員長は、当時の自民党国対関係議員と、食事をしながら国会の運営について話し合われたこともあると聞いた。かつての福田一衆議院議長(議長という役職上党籍離脱はするが実際は自民党議員である)も、共産党議員と食事をしながら国会運営について話し合われたと聞いたことがある。かつての自社公民の密室政治は慣れありであって許されるものでない。しかしかつての共産党寺前国対委員長と自民党国対関係者との会食や、かつての福田一議長と会食をした共産党議員の行為はスムーズな国会運営のための行為であって、別になれ合いからの行為ではない。現実面も考えざるを得ない政治の世界は、高校野球ではあるまいし、正面から正論だけ主張しても、その正義を実行できるほど甘いものではない。いや、高校野球の世界でさえ、甲子園常連校やプロを輩出するチームはプロ顔負けの戦術をとることさえある。今回の神奈川県議の海外視察の件でも、正論だけついて反対したとしても、結局海外視察は可決されて終わりである。それならばここは一歩引いて、例えばだが、海外視察は観光旅行とは違いますよ、賛成する一方で予算の使い方、その効果をチェックして地域や県民のために必ず役立つ行為に結び付けますよ、とした方が、自己満足の正論だけ述べて、反対のみを正義とするより結果的に県民のためになるのではないか。これは政治の世界である。3期も議会で活躍され、幅広い視野の中で地域住民や中小企業のために、真に役立つための手法を身につけられた大山県議の、次期選挙での当選を期待する。
そうなんですよ、なかなかご理解はいただけないのですが、これを自民党と取引したのかー!とか攻めてくる元議員もいるのですが、政治は取引ですからね…ちなみにこの件は取引でも何でもないのですが… 寺前さんのエピソードなどよくご存じですね…
大山県議を含む海外視察賛成について、事実上の共産党刺客候補者が、演説などで批判の声を上げているようだ。大山県議を含み賛成したことが、本当に悪かったのか?共産党や刺客候補者の意見に疑問である。ここで私は、事実上離党に追い込まれたかつての共産党政策委員長の方が、離党後に話された言葉を思い出した。私の記憶では内容は以下の通りである。国会での質問時間で共産党は数分間といわれた。その時同氏は数分?冗談ではない、質問時間数分の時間で採決はおかしいといったところ、自民党関係者より、わかった、自民党割り当ての質問を共産党に渡す、共産党の質問時間は30分にする。といった駆け引きがあったそうだ。かつての共産党政策委員長氏、時には妥協も必要、共産党だからといって突っ張っても仕方ない旨話されていた。さて大山県議か海外視察に賛成された件に当てはめてみる。共産党がいくら突っ張って反対しても、海外視察は多数決で可決されるだけである。それならば、ここは妥協して賛成する代わりに、お金の使い道についてはきちんとチェックはしますよ、海外視察の結果は地域住民に還元できているかチェックはしますとして、有意義な視察にすれば一概に税金の無駄使いとはいえないと考える。もちろん海外視察の行き過ぎ、お金の使い方のチェックができていないということでは困るが、グローバル時代に議員の視野を広めていただくためにも、少しは海外視察もしていただく必要もあると思う。大山県議も賛成された理由についてきちんと説明されているではないか。現実に今の共産党の党勢では、反対と突っ張るだけでは地域住民にとってプラスとは思えない。現実の議会政治においては、時には妥協する代わりに地域住民に役立つことを得る。時にはこうした駆け引きも政治の世界では必要といわざるを得ない。これまで、3度も当選された大山県議は、やはり議会において必要である。
大学院生 主専攻 政治学 社会保障法さま
一定のご理解をいただき感謝いたします。そんな裏取引みたいな…というご批判もありますし今回は別に取引ではありませんが、いろいろ思うところはあります 機微をご理解いただけたことに安堵しています。 総額を調査しきれていなかった反省はありつつそれでも賛成したかもという思いはあります。 今後ともあくまで県民の利益に立って判断していきたいと思います。
間違っても選挙とは、党幹部の一党員に対する個人的な怨念を晴らす場ではないことを自覚すべきである
本当に…国民の苦難軽減の党の精神に照らしてどうなのか。私が変節したと演出しなければならなくなるのはなぜなのかこの件に関心がある人にはぜひ考えていただきたいものです。
港北区民文化センター(ミズキーホール)にて8月11日に日本共産党小池書記長や大山県議の事実上の刺客候補などの集いに、大山県議が入場を拒否されたそうだ。共産党の心の狭さに改めて驚かされた。そもそも「区民センター」という場にて公開される集いに区民でもある大山県議の入場を拒否する権限が共産党側にあるのか。あったとしても元同士に対する共産党の心の貧しさと狭さに改めてがっかりした。共産党公認候補者は「多様性を認める社会」を訴えられているはずである。そうであるならば、共産党の意見も大山県議の意見も自由に認められるはずであり、それならば公開される集いの場への入場拒否ということは、本来あり得ないと思うのだが。おそらく共産党神奈川県委員会は、この集いに大山県議の入場を予想しており、大山県議が来られれば入場拒否と相談されてきめていたのであろう。考え方などの相違などから、ある党派から離脱、他党への移籍ということは考えられることである。党派は異なっても地域住民や中小零細企業のために協力できることはあるはずである。大山県議を拒否した以上、共産党に党派を超えた協力姿勢が見られない、すなわち共産党は、党派を超えた協力で地域住民や中小零細企業のことを、真に考えておられるのか疑問だ。共産党は志位委員長以降今の田村委員長に至るまで党勢回復の兆しは見られず衰退する一方だ。元同士に対する嫌がらせ、党勢衰退、すなわち党の経営もまともにできていない現在の共産党に、日本という国の経営をゆだねるわけにはいかない。なんとしても、地域で実績を積み上げられてこられてきた大山県議の次期当選を願うばかりである。大山県議は、次回以降の共産党のこうした会合に、チョビ髭でもつけて変装されて、入場されたらいかがなものでしょうか。
ちょび髭!(笑) 共産党も他党の演説をモニタリングしたりしてきたはず。今回私が立ち入り禁止を批判したら、これは閉ざされた決起集会だとかいう支持者が溢れています。 区民に広く呼び掛けたものを、急に意義付けを変えてきています。 国勢の話題なども関心があったのですが、田村さんの時と大差ない話ではあったよウです。 地元の党の力を借りて大動員をかけることを月を超えてやるのであればそれなりの話を用意すべきとも思いました。
日本共産党の田村委員長及び小池書記長の両幹部が、7から8月にかけて、大山県議の選挙区内で新たな同党公認候補の応援もかねて、こられた(予定を含む)。地域住民や中小企業にとって県議など地方議員の役割は極めて重いものがある。田村委員長と小池書記長に簡潔にお聞きしたい。格差・貧困や失われた30年、あるいは物価高などで多くの地域住民や中小企業が苦しんでいる。「地域住民や中小零細企業のためという観点から実績のある議員」を当選させることと、「最悪共倒れになるリスクを増大させても元同士に刺客を送り込み、ともかく大山議員を落選させること」のどちらが市域住民や市域の中小零細企業にとってプラスになるのか。考えられたうえでの行動ですか?田村委員報、小池書記長いかがですか?選挙のたびごとに共産党が議席も得票数も減らし、これからの時代を背負う若い人に支持が増えないのはなぜか?もう少し真剣に考えられたらどうですか?
選挙は何のために行われるのか。民意を問うためのものであり、有権者は自分の意思を一票に託すのである。これは国政でも地方選挙でも変わらない。大山県議などに一票を投じる有権者は、直ちに共産党などが政権与党に加わるというよりもむしろ、新自由主義的発想から生じる貧困や格差、あるいは物価高その他、政権与党の暴走に対するチェック機能や歯止めなどを期待して一票を投じる方も多いと思われる。有権者が候補者に託す一票の思いを、候補者や特に主要政党の幹部は重く受け止めるべきであり、間違っても選挙とは、党幹部の一党員に対する個人的な怨念を晴らす場ではないことを自覚すべきである。しかるに今回の神奈川県議会選挙における港北選挙区内の日本共産党の田村委員長や小池書記長の行為はいかがなものか。仮に共産党が自ら主張しているように党内民主主義があり、党員に言論の自由があるならば、党幹部にとって耳の痛いことを言われることもがあっても、当該党員は党員として何ら不利益を被ることなどないはずである。だが、松竹氏の除名に対してほんの少しばかりの疑問をとり上げ、党の裁判に対してほんの少しばかりの意見をSNSに挙げただけで、民意によって選出されている現職県議の党員を事実上離党に追いやり、事実上の刺客候補者を大山議員の属する選挙区内に送り込み、さらに当該選挙区に委員長、書記長という党の最高幹部まで刺客候補者の応援に、今の時期から入るとはどういうことか。選挙というのは、党幹部にとってお気に召さない元党員候補者を落選させてしまえという、怨念を持ち込む場ではないという程度の自覚は、委員長、書記長クラスの党幹部の方にお持ちいただきたかった。残念だ。民意によって三度も当選された大山県議を、明らかに落とすためと思われる刺客候補者を立て、党幹部のお二人も刺客候補者の応援に当該選挙区入りする、こんなことをする政党が、自分の意思を一票に託す有権者の気持ちを理解しているといえるのであろうか。こうなった以上、地域住民や中小企業のために尽くされてきた大山県議には、何としも四選していただき、民意を示すしかないと考える次第である。
日本共産党の田村委員長は、大山県議の選挙区において同党公認の刺客の応援もされたようですし、小池書記長も8月11日に港北選挙区内に演説に入られるようですね。かつて田村氏は、大山議員を押し上げてくださいといった、ポスターを出されていませんでしたっけ?それならば、大山氏から、新たな候補所の応援をされる旨変化された説明責任を果たすべきではないでしょうか?田村氏の言葉を信じて大山氏に投票された有権者の気持ちを、田村氏は考えておられるのでしょうか?大山議員の存在などなかったことにして新たな同党候補者の応援をされるのは、人間としても問題あるのではないかと、私は思います。
2026年7月20日に、日本共産党の田村委員長、8月11日には同党小池書記長が神奈川県議港北区選挙区内に、新たな同党県議の公認候補者にたいする事実上の応援を兼ねてこられるようです。港北選挙区は前回の選挙まで同党公認で出馬された大山県議の選挙区域である。国政政党の党首と書記長という主要政党の要になる立場の方々が、事実上一地方選挙において、昨日までの同志の事実上の刺客の応援演説にたびたび来られるとは、同党の異常性さえ感じる。いま日本共産党にとって一番大切なことはまさに国民、地域住民の暮らしや中小企業のための政策の実行をすることではないのですか?党の委員長や書記長といった党の幹部が、かつての同志を蹴落とすことに力を注ぐために労力使う余裕は、最近の選挙のたびごとに議席や得票数を減らしている今の共産党にはありませんよ。新自由主義とやらで、一層の格差や貧困問題に対する歯止めとして共産党の重要な役割があるのではないですか。万一大山議員と刺客候補者と最悪共倒れになれば、ますます貧困や格差に対する抑止力が弱体するではありませんか?同党幹部は、党の公認を外した候補者が万一当選したら面目丸つぶれ、そんなくだらないメンツは捨てていただけませんか?田村委員長、小池書記長様。結局同党の衰退は、お二人を含む党の上層部の責任ではないのですか?物価高、貧困、格差、企業の中でも特に中小企業の経営の厳しさ等自覚していただき、今何をすることが一番重要なのか(かつての共産党の同志の刺客を当選させることに力を使うことではないですよね)、田村委員長や小池書記長はもう少し真剣に、まじめに考えていただけないでしょうか?
共倒れになるリスクを選んだ共産党には怒りを感じています。 国民の苦難軽減の仕事ができなくなることは何としても避けたいと思います。 いつもお気持ちのこもったメッセージをありがとうございます。
私は、長らく中小金融・地域金融機関である信用金庫などで勤務したのち大学院(主専攻政治学)に進学した。学部卒業時に当時健在であった父と以下のような会話をした記憶がある。私が地域社会のための頑張りたいと言うと、父が「社会的貢献とかそういうことを企業は言うけど、しょせん世間的な目を気にしているだけ。どこでも企業は自分の会社の利益のために必死で働いてほしいだけというのが本音だ、お前も嫌でもわかる」と言われた。確かにその通りであった。私の旧友で学生時代熱心に共産党の応援している男がいた。卒業後数年たち偶然都内でその男にあったら、なんと保守政党候補者の応援の手伝いをしていた。学生時代とずいぶん違うなといった会話をしたが、その男によると、共産党を応援していた時、ビラ配りやら他の手伝いもほぼ無休、無給でやったよ。でも結局、国会議員に当選できる一握りのエリート党員のために都合よく使われただけ、こんなの一握りのエリート党員のためであって労働者のためではないと矛盾感じて応援する政党を変えたとのこと。あれだけ県議会議員としてはもちろん、党のためにも長年貢献された大山県議に対する扱いとどこか似ているところはないか。結局、労働者のための党であるはずの日本共産党も、一般党員、支持者を使えるときに体よく使っているだけではないのですか。労働者を都合よく使い、あっけなく簡単に切り捨てる企業とどこが違うのですか。日本共産党は、なぜ党の支持者が党を離れることもそれなりにあるのか、日々頑張っている一班国民のためにもぜひ再考してほしいところである。もし共産党が一握りの党高級幹部のためではなく一般党員や一般民衆のための政党であるなら、間違っても長年党や地域のために貢献され、地道な活動をされてきた大山県議の選挙区に対立候補を立てるはずがないのですが。
共感できる部分もあります。立党の精神は変わらないと思いたいのですが。
ありがとうございます。 60~65歳で(あるいはさらに早期に)退職するひとも少なくありませんが、 その一方で、 70歳まで雇用延長で働く友人がいたり、 高齢でも働く人も多いので、質問した次第です。
あつおさん
高齢になったら職場に居続けられなくても仕方ないんじゃない?という感が方がまだまだ多い世の中ではないかということです。 わかりにくくてすみません。
私は定年退職後に大学院に入学したが、昭和の時代に法学部政治学科を卒業しており、政治過程論というゼミを受講した。日本の参議院選挙制度が改正され、従来の「全国区」が当時の「拘束式比例代表制」導入に改正された時代であった。鬼籍になられてしまった当時の指導教授の言葉を、今回大山県議に対して日本共産党が事実上の刺客を擁立したことに対して思い出した。私の学生当時の1080年代に先生の述べられた言葉、「日本は無責任な政治体質がいまだ続いている」という言葉である。日本は1940年に日独伊三国軍事同盟を締結した。当時の日本は石油の大半を英米圏に依存していたにもかかわらず、三国同盟を締結すれば日本の資源確保が非常に厳しくなるも関わらず、「時代の流れ、そういう流れ」とやらで締結され、敗戦へと進んだ。1980年代に制度が改正された参議院選挙においても、当時賛成したのは自民党であり社会党は反対したが事実上賛成に廻り、この改正において反対した共産党と公明党が共闘するという珍しい出来事であった。この時、当時のゼミの指導教授は当時の日本社会党の大幹部の一人に次のように尋ねたそうだ。「あなたは社会党の大幹部の一人だ。本当に反対ならなぜ体を張ってでも反対しなかったのか」と聞いたところ、当時の社会党の幹部であった方は、「結局そういうことになってしまったのだよ。時代の流れだよ」という回答だったそうだ。資源の確保の見通しがないまま「そういう流れで」三国同盟が締結され、「そういう流れ」で公職選挙法が改正された。では今回大山県議に刺客をぶつけた共産党はどうか。票が割れて最悪共倒れにならないのか。必ず選挙にて勝てる見込みがあっての刺客候補者の擁立なのか。おそらくそうではないと思う。共産党は、確実に大山県議に勝利し、共倒れの心配もないという確証もなしに、結局「流れ」とやらで無責任に刺客候補を立てただけではないのか。今回の共産党の行為は、結局のところ新自由主義の暴走に対するチェックや歯止めを阻害し、地域住民や中小零細企業につけを回すことにならないのか。たとえ小さな行為であっても積み重なれば、政治不信は増大するのである。三国軍事同盟以降の無責任な日本政治が、今回の大山県議に対する刺客候補擁立をみて、いまだ続いていると思われてならない。共産党は違うと思いたかっただけに残念である。
大学院生 主専攻 政治学 社会保障法さん
本当に私が想定する以上に困った事態だと感じました…
困ったことにならないように私のできることで頑張るしかないです
大学院生 主専攻 政治学 社会保障法さん
そこの観点がないのだと本当に残念でした。共産党としての地歩を築きたいという思いはわかりますが、そこは港北でなくてもいいはずなんです、はい、おっしゃる通り、共倒れしたら本当に市民に失礼な話になりますので倒れないよう頑張ります!
大山県議の事実上の刺客ともいうべき県議候補者が港北選挙区内で活動を開始されて、同党の田村委員長や小池書記長も、選挙は来年であるが現時点で選挙区入りし、刺客候補者の応援演説も行っている。一地方議員選挙区で党幹部の熱の入れようは大変なものである。ここで日本共産党の委員長や書記長といった特に党内で重要な地位にある方々は、何のために共産党議員は当選を目指すのかを今一度考えていただきたい。地方議員の立場は、確かに国会議員に比べれば「たかが地方議員」かもしれない。だがしかし、「されど地方議員」なのである。国会議員の方々がなかなか目の届かない、地域住民や中小零細企業のために、彼らに寄り添いきめ細かい対応をするという、国会議員のできないことを行うという重責が地方議員にはあるのだ。今、新自由主義的発想の中で、地域住民や中小零細企業が、どれだけ苦しんでいるか、労働者のための政党であるはずの日本共産党幹部は知っての上で、大山県議に対する刺客擁立なのか。冷戦終結後、「社会主義はだめだった」の名の下で進められた新自由主義は、何をもたらしたのか。特に2008年の金融恐慌、サブプライムローンから生じたリーマンショックなどから格差や貧困問題がさらに深刻化し、多くの地域住民や中小零細企業は厳しい生活・状況に追い込まれて、2024年時点で200万人以上の方が生活保護を受けている状況になっている。高度な数学力が必要とされる、えらい先生方の「金融工学」とやらによる数学的なテクニックなど、リスク回避には大して役立っていないではありませんか。えらい先生方によるリスク分散とやらの理屈も、結局リスクを分散させただけで、有効な手法でとはいえなかったのではないですか。難しい数学よりも地域の住民や中小零細企業に寄り添い、新自由主義とやらの暴走にチェックと歯止めをかけるのが共産党の役割ではないのですか。それにもかかわらず、大山県議の選挙区に刺客を立てて最悪共倒れのやり方を進める日本共産党は、本当に地域住民や中小零細企業の事を考えているのですか。刺客として出馬予定の港北選挙区ではなく、他の選挙区から出馬されて大山県議と共闘されて、地域住民や中小零細企業のために、共産党は力を発揮すべきではないのですか。共産党にお願いしたいが、大山県議を蹴落とすことではなく、地域住民や中小零細企業のためにどういう選挙戦術をとるべきかを、まず第一に考えていただきたい。まだ公示まで時間はあります。メンツなどどうでもいい。地域住民や中小零細企業のために再考されたらどうですか。
大山県議の刺客と思われる候補者が、この選挙区で海外視察に全員が賛成した(大山県議も含まれる)。だから、海外視察には反対の共産党議員が必要であると主張されているようだ。以下の話はどうだろうか。かつての国会での国対政治は問題があった。共産党を除く「自民、社会、公明、民社」の共産党を除く密室での慣れあい国対政治が横行したと考えざるを得ない時代があった。さらに当時の自民党のK副総裁と日本社会党のT委員長のなれ合いというか癒着というか、かなり問題のある政治が行われた時代があった。大山県議の海外視察賛成の件は、このようななれ合い政治による結果ではないし大山議員の変節でもない。国会議員の話ではあるが、かつての共産党所属の寺前国対委員長は、当時の自民党国対関係議員と、食事をしながら国会の運営について話し合われたこともあると聞いた。かつての福田一衆議院議長(議長という役職上党籍離脱はするが実際は自民党議員である)も、共産党議員と食事をしながら国会運営について話し合われたと聞いたことがある。かつての自社公民の密室政治は慣れありであって許されるものでない。しかしかつての共産党寺前国対委員長と自民党国対関係者との会食や、かつての福田一議長と会食をした共産党議員の行為はスムーズな国会運営のための行為であって、別になれ合いからの行為ではない。現実面も考えざるを得ない政治の世界は、高校野球ではあるまいし、正面から正論だけ主張しても、その正義を実行できるほど甘いものではない。いや、高校野球の世界でさえ、甲子園常連校やプロを輩出するチームはプロ顔負けの戦術をとることさえある。今回の神奈川県議の海外視察の件でも、正論だけついて反対したとしても、結局海外視察は可決されて終わりである。それならばここは一歩引いて、例えばだが、海外視察は観光旅行とは違いますよ、賛成する一方で予算の使い方、その効果をチェックして地域や県民のために必ず役立つ行為に結び付けますよ、とした方が、自己満足の正論だけ述べて、反対のみを正義とするより結果的に県民のためになるのではないか。これは政治の世界である。3期も議会で活躍され、幅広い視野の中で地域住民や中小企業のために、真に役立つための手法を身につけられた大山県議の、次期選挙での当選を期待する。
大学院生 主専攻 政治学 社会保障法さん
そうなんですよ、なかなかご理解はいただけないのですが、これを自民党と取引したのかー!とか攻めてくる元議員もいるのですが、政治は取引ですからね…ちなみにこの件は取引でも何でもないのですが…
寺前さんのエピソードなどよくご存じですね…
大山県議を含む海外視察賛成について、事実上の共産党刺客候補者が、演説などで批判の声を上げているようだ。大山県議を含み賛成したことが、本当に悪かったのか?共産党や刺客候補者の意見に疑問である。ここで私は、事実上離党に追い込まれたかつての共産党政策委員長の方が、離党後に話された言葉を思い出した。私の記憶では内容は以下の通りである。国会での質問時間で共産党は数分間といわれた。その時同氏は数分?冗談ではない、質問時間数分の時間で採決はおかしいといったところ、自民党関係者より、わかった、自民党割り当ての質問を共産党に渡す、共産党の質問時間は30分にする。といった駆け引きがあったそうだ。かつての共産党政策委員長氏、時には妥協も必要、共産党だからといって突っ張っても仕方ない旨話されていた。さて大山県議か海外視察に賛成された件に当てはめてみる。共産党がいくら突っ張って反対しても、海外視察は多数決で可決されるだけである。それならば、ここは妥協して賛成する代わりに、お金の使い道についてはきちんとチェックはしますよ、海外視察の結果は地域住民に還元できているかチェックはしますとして、有意義な視察にすれば一概に税金の無駄使いとはいえないと考える。もちろん海外視察の行き過ぎ、お金の使い方のチェックができていないということでは困るが、グローバル時代に議員の視野を広めていただくためにも、少しは海外視察もしていただく必要もあると思う。大山県議も賛成された理由についてきちんと説明されているではないか。現実に今の共産党の党勢では、反対と突っ張るだけでは地域住民にとってプラスとは思えない。現実の議会政治においては、時には妥協する代わりに地域住民に役立つことを得る。時にはこうした駆け引きも政治の世界では必要といわざるを得ない。これまで、3度も当選された大山県議は、やはり議会において必要である。
大学院生 主専攻 政治学 社会保障法さま
一定のご理解をいただき感謝いたします。そんな裏取引みたいな…というご批判もありますし今回は別に取引ではありませんが、いろいろ思うところはあります
機微をご理解いただけたことに安堵しています。
総額を調査しきれていなかった反省はありつつそれでも賛成したかもという思いはあります。
今後ともあくまで県民の利益に立って判断していきたいと思います。
大学院生 主専攻 政治学 社会保障法さま
間違っても選挙とは、党幹部の一党員に対する個人的な怨念を晴らす場ではないことを自覚すべきである
本当に…国民の苦難軽減の党の精神に照らしてどうなのか。私が変節したと演出しなければならなくなるのはなぜなのかこの件に関心がある人にはぜひ考えていただきたいものです。
港北区民文化センター(ミズキーホール)にて8月11日に日本共産党小池書記長や大山県議の事実上の刺客候補などの集いに、大山県議が入場を拒否されたそうだ。共産党の心の狭さに改めて驚かされた。そもそも「区民センター」という場にて公開される集いに区民でもある大山県議の入場を拒否する権限が共産党側にあるのか。あったとしても元同士に対する共産党の心の貧しさと狭さに改めてがっかりした。共産党公認候補者は「多様性を認める社会」を訴えられているはずである。そうであるならば、共産党の意見も大山県議の意見も自由に認められるはずであり、それならば公開される集いの場への入場拒否ということは、本来あり得ないと思うのだが。おそらく共産党神奈川県委員会は、この集いに大山県議の入場を予想しており、大山県議が来られれば入場拒否と相談されてきめていたのであろう。考え方などの相違などから、ある党派から離脱、他党への移籍ということは考えられることである。党派は異なっても地域住民や中小零細企業のために協力できることはあるはずである。大山県議を拒否した以上、共産党に党派を超えた協力姿勢が見られない、すなわち共産党は、党派を超えた協力で地域住民や中小零細企業のことを、真に考えておられるのか疑問だ。共産党は志位委員長以降今の田村委員長に至るまで党勢回復の兆しは見られず衰退する一方だ。元同士に対する嫌がらせ、党勢衰退、すなわち党の経営もまともにできていない現在の共産党に、日本という国の経営をゆだねるわけにはいかない。なんとしても、地域で実績を積み上げられてこられてきた大山県議の次期当選を願うばかりである。大山県議は、次回以降の共産党のこうした会合に、チョビ髭でもつけて変装されて、入場されたらいかがなものでしょうか。
大学院生 主専攻 政治学 社会保障法さま
ちょび髭!(笑)
共産党も他党の演説をモニタリングしたりしてきたはず。今回私が立ち入り禁止を批判したら、これは閉ざされた決起集会だとかいう支持者が溢れています。
区民に広く呼び掛けたものを、急に意義付けを変えてきています。
国勢の話題なども関心があったのですが、田村さんの時と大差ない話ではあったよウです。
地元の党の力を借りて大動員をかけることを月を超えてやるのであればそれなりの話を用意すべきとも思いました。
日本共産党の田村委員長及び小池書記長の両幹部が、7から8月にかけて、大山県議の選挙区内で新たな同党公認候補の応援もかねて、こられた(予定を含む)。地域住民や中小企業にとって県議など地方議員の役割は極めて重いものがある。田村委員長と小池書記長に簡潔にお聞きしたい。格差・貧困や失われた30年、あるいは物価高などで多くの地域住民や中小企業が苦しんでいる。「地域住民や中小零細企業のためという観点から実績のある議員」を当選させることと、「最悪共倒れになるリスクを増大させても元同士に刺客を送り込み、ともかく大山議員を落選させること」のどちらが市域住民や市域の中小零細企業にとってプラスになるのか。考えられたうえでの行動ですか?田村委員報、小池書記長いかがですか?選挙のたびごとに共産党が議席も得票数も減らし、これからの時代を背負う若い人に支持が増えないのはなぜか?もう少し真剣に考えられたらどうですか?
選挙は何のために行われるのか。民意を問うためのものであり、有権者は自分の意思を一票に託すのである。これは国政でも地方選挙でも変わらない。大山県議などに一票を投じる有権者は、直ちに共産党などが政権与党に加わるというよりもむしろ、新自由主義的発想から生じる貧困や格差、あるいは物価高その他、政権与党の暴走に対するチェック機能や歯止めなどを期待して一票を投じる方も多いと思われる。有権者が候補者に託す一票の思いを、候補者や特に主要政党の幹部は重く受け止めるべきであり、間違っても選挙とは、党幹部の一党員に対する個人的な怨念を晴らす場ではないことを自覚すべきである。しかるに今回の神奈川県議会選挙における港北選挙区内の日本共産党の田村委員長や小池書記長の行為はいかがなものか。仮に共産党が自ら主張しているように党内民主主義があり、党員に言論の自由があるならば、党幹部にとって耳の痛いことを言われることもがあっても、当該党員は党員として何ら不利益を被ることなどないはずである。だが、松竹氏の除名に対してほんの少しばかりの疑問をとり上げ、党の裁判に対してほんの少しばかりの意見をSNSに挙げただけで、民意によって選出されている現職県議の党員を事実上離党に追いやり、事実上の刺客候補者を大山議員の属する選挙区内に送り込み、さらに当該選挙区に委員長、書記長という党の最高幹部まで刺客候補者の応援に、今の時期から入るとはどういうことか。選挙というのは、党幹部にとってお気に召さない元党員候補者を落選させてしまえという、怨念を持ち込む場ではないという程度の自覚は、委員長、書記長クラスの党幹部の方にお持ちいただきたかった。残念だ。民意によって三度も当選された大山県議を、明らかに落とすためと思われる刺客候補者を立て、党幹部のお二人も刺客候補者の応援に当該選挙区入りする、こんなことをする政党が、自分の意思を一票に託す有権者の気持ちを理解しているといえるのであろうか。こうなった以上、地域住民や中小企業のために尽くされてきた大山県議には、何としも四選していただき、民意を示すしかないと考える次第である。
日本共産党の田村委員長は、大山県議の選挙区において同党公認の刺客の応援もされたようですし、小池書記長も8月11日に港北選挙区内に演説に入られるようですね。かつて田村氏は、大山議員を押し上げてくださいといった、ポスターを出されていませんでしたっけ?それならば、大山氏から、新たな候補所の応援をされる旨変化された説明責任を果たすべきではないでしょうか?田村氏の言葉を信じて大山氏に投票された有権者の気持ちを、田村氏は考えておられるのでしょうか?大山議員の存在などなかったことにして新たな同党候補者の応援をされるのは、人間としても問題あるのではないかと、私は思います。
2026年7月20日に、日本共産党の田村委員長、8月11日には同党小池書記長が神奈川県議港北区選挙区内に、新たな同党県議の公認候補者にたいする事実上の応援を兼ねてこられるようです。港北選挙区は前回の選挙まで同党公認で出馬された大山県議の選挙区域である。国政政党の党首と書記長という主要政党の要になる立場の方々が、事実上一地方選挙において、昨日までの同志の事実上の刺客の応援演説にたびたび来られるとは、同党の異常性さえ感じる。いま日本共産党にとって一番大切なことはまさに国民、地域住民の暮らしや中小企業のための政策の実行をすることではないのですか?党の委員長や書記長といった党の幹部が、かつての同志を蹴落とすことに力を注ぐために労力使う余裕は、最近の選挙のたびごとに議席や得票数を減らしている今の共産党にはありませんよ。新自由主義とやらで、一層の格差や貧困問題に対する歯止めとして共産党の重要な役割があるのではないですか。万一大山議員と刺客候補者と最悪共倒れになれば、ますます貧困や格差に対する抑止力が弱体するではありませんか?同党幹部は、党の公認を外した候補者が万一当選したら面目丸つぶれ、そんなくだらないメンツは捨てていただけませんか?田村委員長、小池書記長様。結局同党の衰退は、お二人を含む党の上層部の責任ではないのですか?物価高、貧困、格差、企業の中でも特に中小企業の経営の厳しさ等自覚していただき、今何をすることが一番重要なのか(かつての共産党の同志の刺客を当選させることに力を使うことではないですよね)、田村委員長や小池書記長はもう少し真剣に、まじめに考えていただけないでしょうか?
大学院生 主専攻 政治学 社会保障法さま
共倒れになるリスクを選んだ共産党には怒りを感じています。
国民の苦難軽減の仕事ができなくなることは何としても避けたいと思います。
いつもお気持ちのこもったメッセージをありがとうございます。
私は、長らく中小金融・地域金融機関である信用金庫などで勤務したのち大学院(主専攻政治学)に進学した。学部卒業時に当時健在であった父と以下のような会話をした記憶がある。私が地域社会のための頑張りたいと言うと、父が「社会的貢献とかそういうことを企業は言うけど、しょせん世間的な目を気にしているだけ。どこでも企業は自分の会社の利益のために必死で働いてほしいだけというのが本音だ、お前も嫌でもわかる」と言われた。確かにその通りであった。私の旧友で学生時代熱心に共産党の応援している男がいた。卒業後数年たち偶然都内でその男にあったら、なんと保守政党候補者の応援の手伝いをしていた。学生時代とずいぶん違うなといった会話をしたが、その男によると、共産党を応援していた時、ビラ配りやら他の手伝いもほぼ無休、無給でやったよ。でも結局、国会議員に当選できる一握りのエリート党員のために都合よく使われただけ、こんなの一握りのエリート党員のためであって労働者のためではないと矛盾感じて応援する政党を変えたとのこと。あれだけ県議会議員としてはもちろん、党のためにも長年貢献された大山県議に対する扱いとどこか似ているところはないか。結局、労働者のための党であるはずの日本共産党も、一般党員、支持者を使えるときに体よく使っているだけではないのですか。労働者を都合よく使い、あっけなく簡単に切り捨てる企業とどこが違うのですか。日本共産党は、なぜ党の支持者が党を離れることもそれなりにあるのか、日々頑張っている一班国民のためにもぜひ再考してほしいところである。もし共産党が一握りの党高級幹部のためではなく一般党員や一般民衆のための政党であるなら、間違っても長年党や地域のために貢献され、地道な活動をされてきた大山県議の選挙区に対立候補を立てるはずがないのですが。
大学院生 主専攻 政治学 社会保障法さま
共感できる部分もあります。立党の精神は変わらないと思いたいのですが。
ありがとうございます。
60~65歳で(あるいはさらに早期に)退職するひとも少なくありませんが、
その一方で、
70歳まで雇用延長で働く友人がいたり、
高齢でも働く人も多いので、質問した次第です。
あつおさん
高齢になったら職場に居続けられなくても仕方ないんじゃない?という感が方がまだまだ多い世の中ではないかということです。
わかりにくくてすみません。