大山奈々子
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センチメンタルこうほくまつり

ブログコメント2

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18日土曜日は秋晴れの中、ふるさと港北まつりがおこなわれました。

区内の選出議員さんたちが挨拶するのを待って白井市議とともに新横浜の会場を回ります。私は地元でもあり、たくさんの知人友人に出会います。中学のPTAでお世話になったひとが青少年指導員になっていたり、ごみの分別のところに党員仲間がいたり、小学校の友人が保育のサポーターをやっていたり、親子リズムで会場を貸してくれた係の方が食育指導をされていたり…

このおまつりはいも煮がおいしかったり、市の交通局が忘れ物傘を格安で販売してくれるのを買ったり、血管年齢を測ったりと例年楽しみにしていることが多々あります。やすくておいしくて港北をいっそう好きになる祭りです。

今回はハザードマップが配られているのをいただきました。防災にはみなさん関心が高いので小集会などで活用したいと思います。

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ま、そんな中、自衛隊のブースが毎年出ていて、ユニフォームを子どもに着せて写真を撮って和やかに交流している様子をいつも、複雑な思いでみていましたし、米海軍基地で銃を持たせた事件があった去年などは険しい目で見ていたと思います。子どもに戦闘ということに慣れさせるんじゃない、と。今年は、もっと険しくなっていたかも。自衛隊員の方が海外に人を殺めにいくかどうかは集団的自衛権の閣議決定を撤回させられるかどうかこれからの闘いにかかっています。あなたたちに人殺しはさせませんからね、と心の中で言ってみたり。

さて、何がセンチメンタルかというと、子ども会です。新横浜子ども会発足以来ずっとお兄ちゃんと妹合わせて15年以上関わってきました。毎年の健民祭という名の地域の運動会には親子で何種目も出場してきました。が、今年は娘も中二になり、ついにオファーもなし。知らない間に健民祭が終わっていました。そしてこの祭りでは的当てやくじ引きのブースを出して、用意から運営まで毎年関わってきました。が、今日テントをのぞいても知っているお母さんは一人。

ああ、私は小学生の子ども会は卒業したんだな…と、いまさらながらこの町で暮らしてきた時の長さを思います。輝く子ども時代の価値を思います。

ちなみにお隣の日産スタジアムでは私が今所属する新横浜レディース会でフリーマーケットを出店。こうほくまつりでご挨拶して回ったあと、フリマの店番に行きました。そこで新横浜に新幹線がきて50周年と知り、「私の1歳のアルバムに新幹線開通の新聞記事を貼ってくれた父は開通50周年にはこの世にいないことを知っていたかな」なんてしみじみしたり…。

日が落ちるとめっきり寒くなった秋の一日でした。

 


コメント

  1. 鈴木やすより

    今回のブログ、私もちょっぴりセンチメンタルな気分になりました。小学生の子ども会を卒業したというお子さんの成長とまた別の寂しさが季節と相まって・・・・・・。季節が確実に「秋」になって来たせいかもしれませんね。
    「おもしろうてやがて哀しきまつりかな」(8/30ブログ)を思い出しました。新幹線50周年(1964年)ですね。当時(私は1961年生まれでその後の記憶ですが)「夢の超特急」とかいって栃木県の実家では絵本やおもちゃがありました。今亡き祖父と祖母が初めて新幹線で大阪万国博(1970年)へ行ったのを思い出しました。急に当時(1969年)のテレビ番組「怪奇大大作戦」第25話「京都買います」(監督:実相寺昭雄監督)思い出しました。名作です。
    また、以前お聞きしたある住職のおことば思い出しました。亡くなった身内の方を思い出すのが最大の供養だと。リニアのこと話題にしようと思ったのですが季節の変わり目を私も感じております。

  2. 大山奈々子より

    鈴木様

    そうですか、身内のことを思い出すのが最大の供養…。よかった。父は仏事が好きでしたが、母が不信心かつ体調も悪く、私も不信心かつ遠方で、父亡きあとあまり京都のお墓にいけていません。お墓参りを欠かさなかった人のお墓には参ったほうがよかろうなと思いつつ。
    怪奇大作戦…記憶にもないですね…あ、調べてみたら封印ものもあったりしておもしろそうですね。再放送とかありますように。

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