大山奈々子
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みちのくの 母の命を一目見ん 一目みんとぞ ただにいそげる

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(あ!!今日でしばらくブログが仕様変更(モバイル対応の形にする)のためにしばらくつかえなくなります。その間10日間ほど更新ができなくなるのです。その間はどうか 「大山奈々子フェイスブック」 か「大山奈々子ツイッター」を検索していただければと思います。)

母は軽い難病です。(本人談)12年前に5年後の生存率が50%と告知され、暗澹としている母に、「どうせ高齢なんだから確率に関係なく死ぬときは死ぬし、生き続けるときは生き続けられるよ」と訳の分からない励ましをしたことが思い出されます。

私の立候補の時のメディアのアンケートに座右の銘を問われて「明日は明日の風が吹く」と答えて、これでいいのかと仲間に笑われ。まあ、そんなものです。すぐには駆け付けられない大津で母は一人で暮らしています。

今回、母が転倒肋骨骨折をしていつもながらご近所の皆さん、お仲間の皆さんに本当にお世話になり。遠くの娘は遠くで思うだけで日々を送っていたのですが、肺の病でコルセットもままならず苦しい夜が続いたといいます。気丈な母で、骨を折ったことも私に黙っていたのですが、ご近所の方から教えていただいていて、それでも忙しさにかまけて遠くで思うのみだったのですが、ついに母の夢に亡き父が出てきて母を連れて行こうとしたというので、不肖の娘も様子を見に大津に来ている次第です。

(季節ごとに玄関を飾る母の絵手紙です。今月のこのことばのふさわしいこと)

そんな道中に頭を去来するのはいつも冒頭の斎藤茂吉の短歌です。茂吉の場合は本当に尽きようとする命を追って焦る心情が痛いほど表れています。

さて、母の苦しさはほんの少しやわらぎ、父も迎えに来なくなったみたいですが、母が私に見せた詩があります。赤旗日刊紙に2014年9月9日に投稿された神奈川県の二界友理子さんの詩です。

ちょっとご紹介して今日は終わります。

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看取りに(みとりに)

臨死患者に三つのことを                                        していると言った医師がいる

どういう病であれ痛みを                                        止めてあげる                                             そして身体のあちこちを                                        さすってあげる                                            そうしながら絶えず聞き役に                                      なって患者をほめてあげる

それは医師だからというのでは                                     なく自分もさいごには                                         そうして欲しいからだと言う

全部をひとりでこなすことは                                      むつかしいけど                                            さすってあげる                                            あるいはほめてあげるのどちらかくらいは                                ひょっとしたらわたしにもできるかも                                  しれない

 

 


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